つづき

まだまだ、支援の手が届いていない場所もあるとのことです。

水、食料、燃料、薬など、今を生きるための物資が底を尽いてしまっているそうです。

届けたくても、届けられないでいる状態が震災から10日続いています。


「東北の被災地では、少ない物を分け合って今を生き抜いています。


こちらでは、これからに備えて余っている物を奪い合っています。」



ちょっと、悲しいですね…


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  (↑戦争の空襲で残った「赤煉瓦壁」の跡です。)


この写真は、今日、3月20日(日)に撮影しました。

戦争の時代の話になりますが、昭和20年の水戸空襲で水戸市街のほとんどは焦土と化し、今では考えられませんが大工町から水戸駅まで(2km弱くらい)が、一面の焼け野原で見渡すことができたと聞きます。

その時に『水戸城』も焼失しました。

その水戸空襲の焼け野原の中で残った「赤煉瓦壁」が、無残にも今回の地震で崩れ落ちていました。↑

以前、この「赤煉瓦壁」を保存しようという話があって、興味を持ち見に行ったことがありました。

今は、たまたま私の職場から近いこともあり、つい先日も職場の人にその話をしていたばかりでした。

見事な朱色の煉瓦壁が続いていたのですが、その残骸を前に悲しい気持ちとなりました。


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今回の『東北関東大震災』を経験して必要と思ったこと、16年前の『阪神大震災』でボランティアをして感じたことを書いてみたいと思います。


<大地震が発生したら>

携帯電話は、ほぼ使えません。
メールは何とか通じていたので、メールの操作方法を年配の方も覚えるように出来ればと思います。



正しい情報を手に入れる。
報道機関は素早いです、今回はワンセグが大活躍しました。
街頭に大型テレビが設置されている企業等があれば、歩ける距離ならば行ってみる。
正しい情報を手に入れることにより、これからすべきことが整理されてきます。
今回は、大規模な地震であることの他に、広範囲であることを知り、ライフラインの復旧に時間が相当な時間を要すると思いました。
取りあえず、燃料、食料、水の確保に動けました。



出口の確保。
最近の玄関ドアは、耐震用に強化されているのでドア枠が丈夫に出来ています。
古い建物にいる際は、机の下などに隠れることと、出口の確保はしておきましょう。



エレベーターは使わない。当然ですね!ほぼ使えなくなります。



地震が収まったら、室内から出て外の広い場所へ移動してください(土地勘があれば地盤がしっかりしている所へ)。
建物の耐震基準に自信があれば室内にいた方がよいかもしれません。
周りに高い建物が無いか、壁や看板が落ちてこないか、周りの状況を把握できるように。



外に出る時は必ず室内履きから外履きに交換してください。
自宅が崩壊していたら、履物の重要性は命にかかわります。
足を怪我してもすぐに手当ては受けられません、ハイヒールであればヒールの部分を折ってください。


外に出る時は、着る物を1枚でも多く羽織って出てください。ケガをした時には衣服を割いて止血のために使ってください。



貴重品なら現金を持って。通帳類は再発行が出来るので、とにかく現金はすぐに使います。



車から離れる時は、車検証を持って鍵は付けたままで避難してください。



パニックに陥っている人がいたら、それは周りに不安を与え伝染してしまうので、一緒にしゃがんで「大丈夫、大丈夫」と落ち着くまで声掛けをしてください。
泣いてしまう人もいるので、手を握って背中を優しく擦ってあげてください。



停電よりも、断水状態は長く続きます。
水道が止まる前に飲み水の確保と、同時にお風呂場に水をためてください。



信号機が消えていたら、その一帯は停電です。
携帯電話(充電機も含む)、懐中電灯と、携帯ラジオ、服用している薬など、日が暮れる前に手の届く範囲に揃えてください。
車の中で携帯電話の充電ができるようなものを購入しておくと役立ちます。



ブレーカー(特に古い建物など)は、落としてください。電気が通じた時に火事を引き起こします。
今回もそれが原因で全焼失の建物がありました。


ガスは、避難の有無にかかわらず、必ず元栓を閉める。
今回も外を歩いていると、至る所からガスの臭いが気になりました。
火事を避けるためにも、窓を開けることは必要かもしれません。

とにかく、コンビニでも何でもよいので飲み水の確保、すぐに食べることのできる食料の確保をしてください(レンジや、お湯を必要としないもの)。



避難生活に入ったら、リーダーをブロック毎に決め、リーダーのサポート役も決めておく。
共有部分、共同で使用する場所については、清潔を心掛ける。
使用する際の注意書きなど紙に書いて貼る。
被災をしていても、「ありがとう」は言える。一人が発すれば、子どもも大人も皆言えるようになる。
孤独を作らないためにも、挨拶は重要と思う。



避難生活が長くなると、若い人(動ける人)から抜け出せるようになる。
それは必要なことだけれど、残った人のケアが長く継続されるように組合のような組織が作られると良いかも。
阪神大震災で仮設住宅への入居後に孤独死が多かった、最も悲しいことであり避けたい。



仮設住宅から脱出できること、自分の家を持つことで生きがいが見つかる。
自力で探せない状態の人へも斡旋できるアドバイアーが必要になる。



子どもたちには明るい未来を。
身内を亡くした子どもには里親制度が全国に広まればと思う。



阪神大震災の死因は圧死、焼死が多かった。東北関東大震災では津波による死者が多い。
よって、今回の震災では亡骸が見つからないままの家族が多いはずである。残った家族の心のケアは不可欠である。



<ボランティアについて>

ボランティアは、どこでも寝られる環境(寝袋など)、自分の食事の確保は最低限揃えること。
ホッカイロ、マスク、消毒用アルコールジェルやウェットティッシュなど、断水状態でも清潔を保てるものを常備する。でないとボランティアに行って、自分が風邪をひくことになる。



ボランティアの初期の仕事は、全国から届いた物資を仕分けする作業などがあるので、マジックペンが必要になる。
服装としては、ポケットの多いのも、腰に付けられるポシェットなどがあると便利です。



炊き出しは、食事を提供するだけではなくて、元気になれる笑顔を添えてが鉄則、被災者に温かな対応をしてほしい。



ボランティアの期間が長くなると、体調を崩したり、笑顔も出なくなるので、短い期間で終えることも自分と被災者のためである。



ボランティアの受け入れは、身分証明書などの提示を必要としてもよいかもしれない。
ボランティアの管理も重要なので、いつ入隊し、除隊していったかを記録にする。


ボランティアはグループ毎にリーダーを決め、除隊する際までに次のリーダーを決めておく。
毎日の記録をとり、引き継ぎに役立てる。


ボランティアの初期から中期にかけて、リサーチ班が必要となる。
役所のリサーチ、被災者のリサーチを経て、その間に立つことも必要になる。



学生のボランティアは、学校の絡みもあるので学業が休みの期間で終了となってしまう。
ボランティアの後期にかけて活躍できると予想される仕事を引退された方や、子育ての手が空いた方の受け入れを参加しやすい環境へ整えていく。


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などなど、他にも山ほどあるかと思いますが、出来ることをしていくその気持ちが、最初の第一歩だと思います。

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