2011年05月

ボランティア活動で聞いた、津波の話

GWに、宮崎県石巻市へボランティア活動に行った時に、被災者から聞いた話です。

前回のブログより。

排水溝(側溝)の泥のかき出し作業をしていた私たちは、トイレ休憩をした場所で押切もえちゃんに会うことができました。

そこで英気を養って、すぐにボランティアのための活動場所へ戻ると、私たちが泥のかき出しをしていた側溝脇に住まわれる家の方が出てきてお話をしていました。

話し相手は、側溝の泥をかき出しているボランティアの人たちです。

数名が手を止めて、話を聞いていました。

たぶん、はじめは側溝の泥かき出しのお礼に出てこられたのだと思います。

それが、地震の時の話になっていったようです。

私たちの班まであとわずかな距離でしたが、立ち止まってその話に耳を傾けました。

その年配の女性は、地震当時の話をしていて、津波の話が口から出ると、止まりませんでした。

ボランティアの仕事には、被災地にいる被災者の話を聞くことも大切な役割の一つとなっています。

そのことは分かってはいましたが、津波の話をしている女性にとって、話をすことは気持ちをなだめることになっているのだという、気が伝わってくるのが分かりました。

なので、これは仕事とかいうのではなく、その人を救いたいという人の本能みたいなもので聞いていました。


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(↑3月11日の地震後、渦を巻く茨城県大洗港付近の海_茨城県広報紙より)


女性の話では、地震の後、津波による避難警報が町中で流れていたそうです。

ですが、周りで避難するような人はそれほどいなくて、その女性と家族も、実際に避難しなかったそうです。

その日も、海岸近くにある病院へ行くことになっていたそうなのですが(誰かのお見舞いとか言われていたかもしれません)、その日に限ってなぜか体調がよろしくなく、変な感じがして病院へ行かなかったそうです。

もし、この日、病院へ行っていたら私は津波にのまれていた。

神様が助けてくれたのだと思う、そう何度も話していました。

地震の後も家の中にいて、暫くすると、「さわさわさわ・・・・・・・、さわさわさわ・・・・・・。」と、小さな音が聞こえてきたそうです。

何だろうと思い、玄関まで出てみると、数軒先の家(その女性の家から見ると海側の家にあたる)の前まで、海水が流れてきているのが見えたそうです。

海水がここまで来ている(津波だ)!

そう思い、家族へ知らせようと玄関から家の中に目を向けると、既に畳の上まで海水が来ていたそうです。

横からも、海水が入ってきていたのです。

その女性と家族は、2階へ避難をして一命を取り留めました。

実際に、1階の部分(私の身長ほどは海水に浸かってしまっている)の外壁には、その生々しい海水が通ったであろう跡が残っていました。

「怖かったですね、でも、本当に無事でよかった。」

そう言うと、女性は、

「そうなの、本当によかった。」

そう、言いました。

何度も、無事でよかったと、繰り返していました。

その女性には、仕事をされているお孫さんがいて、その日も海岸近くにある職場で働いていました。

お孫さんの家族も皆、その子は津波にのまれて死んだものと思っていたそうです。

2日後(5日後?のどちらか)、そのお孫さんは自分の家まで歩いて帰ってきたそうです。

家族全員が、その子は死んだものと思っていたので、はじめは誰だか分からなかったそうです。

まさか…

その、まさかだったんです!

お孫さんは、クレーン車(自分が運転していた?)の、てっぺんにつかまって、津波に流されず、無事だったということでした。

そんな恐ろしい体験を、この人たちはしてきて、そして今はこうして元気な笑顔を私たちに見せてくれている。

本当に、無事でよかった…


ある家では、浸水して使えなくなった家具や生活用品を庭一面に放置されていたのですが、その中に、猫のゲージ、猫ベッドなど、猫を飼っている!というものが紛れていました。

その家の塀は流されてしまったのか、無いので、庭の様子が見えるわけです。

私は、すぐ脇の側溝を掃除していたので、気になっていました。

すると、家の中から私と同年代ほどの女性が1人出てきて、片付けをしていて腰を痛めてしまったので、できればゴミを集積場まで運んで欲しい、そう言ってきました。

私たちは、「はい、任せてください!」の勢いで、側溝の泥のかき出しの手を止めて、2班くらいでゴミの運び出しをしました。

ゴミ集積場と言っても、至る所に仮のゴミ集積場があるので、女性の家から10歩くらいの所なんです。

運び出して欲しいというゴミの中には、その庭にある猫のベッドやゲージなどは含まれておらず、とにかく依頼された物を運びました。

そうでした、ゴミではないのです。

それは、水に浸かって汚れてはいるけれど、地震前まで使っていたもので、ゴミとして出したものではないのです。

だから、ゴミとして扱ってはいけないと、大切な物として扱うようにと、添乗員さんからそう言われていました。

その女性は、運び出す私たちに「腰を痛めないでね!」とか、「ありがとう!」など、全員にひと言声を必ず掛けてくれました。

そうして運び終えると、女性は笑顔で何度もお礼を言ってくれました。

私たちも、嬉しかったです。

その女性宅の脇を通って、次の側溝へ移動をしている時に、その女性は家の中から猫ちゃんを抱いて私たちを見送ってくれました。

猫ちゃん、無事でした。 ヨカッタ~

みんな思わず、「可愛いー!!」と、汚れた手が出そうになりました。

女性は、とても嬉しそうでした。

猫ちゃんと見送りをしてくれた女性は、今居る家族全員で見送ってくれたと同じです。

それも、とても嬉しかった。


移動した先は、更に海岸近くになるため、側溝の深さが深くなっています。

その中の水分を含んだ泥をかき出す作業は、男の人でもだいぶ力がいるようで、可哀想なほど激務でした。

それでも、みんな頑張っていました。本当にエライ!!

私も、声掛けをしながら、かき出してくれた泥を土嚢袋に受けて、土嚢の口を閉じて一輪車へ積む作業に大汗でした。

もうすぐ、終了の時間です。

どうにかギリギリ、その一帯の側溝を綺麗にすることができました。

最後の作業をした側溝の場所で一輪車を押していたのは、近所に住む若い女性でした。

私はずっと、ボランティアの人だと思っていました。

自分たちがしたくても出来なかったこと、首を長くして待っていたのだと思います。

その若い女性の家からは、手が震えた老人が出てきました。

その老人は、片手にホースを持ち、汚れた私たちのスコップなどに水を流して綺麗にしてくれていました。

体が不自由なのに、それでもお礼に来てくれることさえ、私たちは嬉しかった。

その場を離れる時、東京から来て、地震後からずっとこの地域のボランティアをまとめているNPOの方が言われていました。

石巻市は、明日くらいから天候が崩れるようです。

そうすると、ここの人たちは喜ぶことでしょう。

今までは雨が降ると、側溝から汚水があふれていました。

明日からは、あふれないから大喜びだそうです。

そうか、そうなんだ。

私は、下水が使えないから困っていると思っていました。

失って気付くことって、本当に多いです。

普段の当たり前にしてきた生活が、どれだけ便利で有り難かったことか、被災地の人もそう言っていました。

私も数日のことでしたが、地震後のライフラインが寸断された不便さの経験から、水の有難み、電気の有難み、温かい食事の美味しさを、体と心で同じように味わっていました。

まだまだ先は長く、生活は楽ではないでしょうが、喜んもらえたことが、本当にヨカッタ!そのひと言です。

使用した道具の洗浄、長靴の洗浄、着替えを終えて、「災害ボランティアバス」は水戸へ向かいます。

昨日の災害ボランティアバスは、GWの渋滞もあり日帰りの計画だったはずが、帰りは翌日になっていたそうです。


帰りの東北道国見SA上り線で、ちょっと長めの休憩がありました。

だいたいそこで夕食を買うパターンだそうです。

お土産は買わないと思っていた私ですが、そこでは仙台の笹カマが売られていました。

売り子さんの話では、笹カマ工場は必死の思いで工場の復旧を果たしたものの、笹カマを売るお店が復旧されておらず、ここで売っているそうです。

これは、買うしかないじゃないですかーーーーーーーーーーーーー

遊びに行くわけじゃないから、お土産は当然買うわけないし、現金は3千円くらいでいいと思っていました。

でも、旦那さんが万が一ケガをした時に多少の現金は持っていた方がよいというので、1万円位を持って行きました。

ズバリ、正解でした。

そうよ、被災地にお金を落としていくのも、募金じゃないけれど、支援に繋がるわ~~!!

そう思ったら、急に使いが激しくなりました。

仙台名物の牛串は買うし、お土産もデザートまで買ってるし、珈琲だってそんな苦いの飲める口じゃないのに、贅沢珈琲を買ってしまうし、既に満腹状態です。

いいのか、これで? スッカラカンだぞ~

帰り、ほとんど寝ることも無く(周りは寝ている人が多かったけれど)、色々と考え事をしながらバスに揺られていました。

福島県いわき市だったと思います、窓の外を見ると、辺りが真っ暗だったのがとても切なく悲しかった。

寒い夜の日も、冷たい雨の日も、お腹を空かせて寂しい思いをしている動物たちがいること、また涙がこぼれそうになりました。

帰宅。

鏡の前で、髪の毛をかき上げると、地肌に比べかなり日焼けした私の顔、この歳で日焼けはマズイっしょ!

そして、翌日からその次の日まで、背中と手の平の筋肉痛に私は泣くのでした。

おしまい。


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いってきました(宮城県石巻市でのボランティア活動)

つづき、

私たちの災害ボランティアバスは、一昨日まで東松島市に向かい、そこでボランティア活動をしていたそうです。

ここ石巻市と違って、乾いた土の中での作業のため粉塵がもの凄く、ゴーグルが活躍したようです。

石巻市はまだ土が乾いていません。

粉塵は上がりませんが、泥のかき出しに力が要ります。

ボランティアから帰った翌日、背中と手の平が、筋肉痛で笑えました。

ただ石巻市は、ボランティアが体調を崩した時など、看護を受けられる場所がありません。

主な仕事が泥のかき出しではあっても、その終了後に、使用した道具などを洗う水の確保も取れていないとのことでした。

「これは、過酷な現場になるな。」と、添乗員さんが言っていました。


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こちらの地域で長くボランティア活動に関わっているNPO団体の人から指示を受けて、排水溝の泥のかき出しをしました。

この災害ボランティアの呼び掛けには多くの応募者が集まったのですが、災害ボランティアバスを走らせるのには2台が限界だそうです。

バス2台ということは、約80名のボランティアがそこにいると言うことです。

ボランティアをする側の安全は絶対に守られなければなりませんから、企画をされた石塚観光の方も終始気が抜けなかったと思います。

本当に、お疲れ様でした。


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さぁ、本番です。

予め決められた10人一組の班ごとに分かれ、排水溝の泥かき出し作業を始めます。

ここで、膝下まである長靴にチェンジです。

軍手は、布製・革製・ビニール製と、3種類を持ってきたのですが、重ねて使っていたら汗で脱ぎ着に時間が掛かり、この作業には不向きとなりビニール製だけで作業を続行。

粉塵は少なかったのですが、粉塵が無いことは無いので、ゴーグルは皆さん装着されていました。

が、私の場合、髪を後ろで縛っていたために、ゴーグル干渉してしまい一苦労でした。

ゴーグルの位置がずれてきても、軍手は泥で汚れているのでそう簡単には直せません。

それ以上に、ゴーグルが自分の息で曇ってしまい、前が見えない…

泥のかき出しより遥かに、つ、つらい。

マスクも、なぜか土嚢作りをしていると、どんどん目の高さまで上がってきて目を塞ぐ始末。

なので、どうしても軍手を脱いで、マスクを下げて、ゴーグルに新鮮空気を入れて、軍手を再びして、を繰り返す。

仕舞いには、ゴーグルを外して作業をしていました。

そんな人を多く見掛けました。

作業は、班ごとに移動はしますが、男性と2人組くらいになって、男の人がスコップで排水溝から泥をかき出します。

女性が、その泥を土嚢袋に受けて土嚢の口を塞ぐ、その繰り返しです。

泥は水分を多く含んでいて、ドブ臭さの中に、海の臭いもしていました。

私は、その泥を「ミネラル」と呼んでいました。

そのミネラルは、微小な泥なので、カッパに着くと水で流しても落ちません。

ある意味凄いと思いました。

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1時間の作業に、10分の休憩時間、水分を多く取り過ぎても、ボランティアが利用できるトイレは決められた所だけとなっているので、水分補給も一苦労です。

この後、トイレは私たちに元気をくれることになります。

それと、ボランティアに参加している男性は、なんて優しいのだろう…と思いました。

黙々と働き、自ら進んで地味な役を買って出る。

それに、女性より丁寧で極め細やかな気配りをしてくれる。

世の中、女性に優しい男性は多いけれど、大人しそうな男性が見せる紳士的な優しさはちょっと感動ものです。

私はどちらかというと、気持ちが男らしいので、普段大人しい男性が頑張る姿を見るとタマリマセン。

そんなことは、どうでもよくて、私たちボランティアの仕事はスピードよりも丁寧さを優先します。

今日終わらせるなんて思わずに、今日できなかったことは明日のボランティアの仕事に繋がっていきます。

そこを使う人が、気持ちよく使えるように、最後の後始末まで丁寧にして現場を去ります。

ただ泥をかき出しただけでは、その後を使う人の気持ちに寄り添えていないことになります。

清掃も大事な仕事であることは、普段気にしていなかったことだけに、改めて見直すことができました。

さぁー、そろそろトイレに行きましょう。

女性3人で、ボランティアが使用を許されているトイレに向かいました。

そこは、「ヨークベニマル」というスーパーなのですが、な・な・な・な・なんと!

その駐車場の、隣のスペースで「押切もえさん」たちが、炊き出しをしていました。

人だかりになっていたのですが、ヨークベニマルの人も知らない様子です。

思わず3人で、携帯電話を片手に激写です。

げ、芸能人ですよ! それも、押切もえちゃんと言ったら、有名人ですよね~

とっても、可愛かったです。

私たちもそこに並んで、握手をしてもらいたかったけれど、どこから見てもボランティアの人とバレるので遠目に束の間の喜びを。

でも、急に元気が出てきて、やはり凄いですね!芸能人て~


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(↑必死に3枚くらい撮ったのですが、慌てていたので2枚は画面に私の指が入っていました。ヒィー)

私と班が同じで一緒に行動をしていた他の2人は、大学生と、大学院生でした。

もえさん世代なのでしょうね、かなりクギヅケでしたよ。

雑誌の話をしてくるのですが、雑誌を見ない私にはチンプンカンプンでした。

何か言われても、笑うしか出来なかったです。カナシー

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↑私たちを、終着地まで無事に届けてくれたバスです。

運転手さん、長い道のりを安全運転で送っていただき有難うございました。

水戸駅に着いたのは、午後11時前でした。

真っ暗な水戸駅南口から、スコップを片手にしたボランティ(戦士)たちが、それぞれに散って行きました。

明日も、仕事や学校だと言う人がいました。

都内まで帰る人が多かったのですが、水戸駅発の終電は10時40分で行ってしまった後でした。

ホテルに泊まる人、ネットカフェに向かう人、マクドナルドで夜を明かす人、始発は午前4時過ぎだそうです。

疲れているはずなのに、それでもみんな、とてもいい顔をしていました。

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お疲れ様…




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いってきました(宮城県石巻市へ移動)

まずは、ご報告。

無事に帰ってきました。

前日から早く寝ないといけないプレッシャーからか、予定時刻をかなり過ぎて寝始めた私です。

これじゃ、午前3時になんて起きられそうにない…

けど、スッキリ起きられました。

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(↑午前3時半、出発前に今生の別れ?とも言える記念撮影、なぜかミーちゃんも写っている)

だいたい、寝る時間がいつも1時か、2時くらいなのに、3時に起きるなどとはナポレオン並みですね。

って、そんなアホなことは言ってられない。

4時半には、水戸駅から出発します。急がねば~





今年のGWは、ボランティアへ行くための買い物が、ほとんど占めていると言っても過言ではありません。

最低限の持ち物が、意外と我が家に無いものだったりするので、しかもどこに行っても見つからなかったり…、何日も掛けて買い物をしてました。


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↑これは、ボランティア保険に加入した時に渡された「加入カード」なるものです。

県の社会福祉協議会で、恐ろしいほど簡単な手続きで、ボランティア活動保険に加入できます。

↓そして、これは健康保険証の裏面です。

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水戸市の健康保険証の裏は、今年からですが、臓器提供に関する意思表示をすることができるようになっています。

私の場合、2番の「心臓が停止した死後に限り、移植の為に臓器を提供します。」に、丸を付けてあります。

その下は、提供したくない臓器があればその臓器に×印をすることができるようになっています。

私は、「眼球」だけに、×をしました。

なぜでしょうか…。

気持ちの問題なのでしょうが、目だけは、自分から切り離してはいけないような気がしました。

「目」は、自分そのもののような気がして、魂が入っているように感じました。

そうこうしているうちに、6時間かけて宮城県の石巻市へ到着しました。

私たちが参加している災害ボランティア活動は、石塚観光と茨城県社会福祉協議会の共催で、運行がされています。

県社協が経費や運賃の一部を補助していますが、石塚観光は赤字覚悟で企画をしたそうです。

というのも、茨城県にある「ひたちなか市」(水戸市のお隣です)は、宮城県石巻市と姉妹都市になっているそうです。

結婚をして、ひたちなか市の社宅に住んでいましたが、全く知りませんでした。

こちらの石塚観光の社長さんは、ひたちなか市青年会議所役員時代に石巻市の方と親交を深め、長いお付き合いをされていたそうです。

そんな家族ぐるみでのお付き合いをされていた方と、今回の地震で連絡が全く取れなくなってしまいました。

方々手を尽くして、やっとその方の情報が手に入った時、その方は津波で亡くなっていたそうです。

その方の家族、親族も津波の犠牲になった方はいて、取りあえず社長さんは現地に向かったそうです。

そうすると、あれが必要だ、これが必要だと、被災地で必要とされている物資(要求)に限りが無くて、自分らで往復していても手が間に合わず、限界があると判断され、集団で被災地に向かう「ボランティアバス」を走らせることになったそうです。

「日帰り水戸コース」と、「2泊3日の宿泊コース」がありますが、参加されている過半数以上の人は、県外からの参加者が占めているそうです。

添乗員さんの話で、うちの社長は「石巻市が、ボランティアの手はもう要らないよ!と言うまで、このバスを走らせたい」、ということを聞かされました。

現時点の計画では、8月まではこの災害ボランティアバスを走らせたいそうです。ファイトー

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(↑石巻市の比較的片付けが進んでいる場所での撮影)

高速道路は地震の影響で、舗装はされているのでしょうが、道が悪くなっていました。

最後のサービスエリアを過ぎて、進行方向の右手を見ると、そこは津波の傷跡がまさに目の前に広がっていました。

見渡す限り田んぼと思われるのですが、至る所に無残な姿となった車が放置されていました。

そして、本当にたくさんの木が、枝を無くした状態でそのまま地面に刺さっていたり、一定の場所に積み重ねあったり、見える範囲一面に散乱しています。

そこは、海岸から3Kmほどの場所ということでした。

その光景を目にしたら、自然と涙が出てしまいました。

あまりの酷さに、写真は撮れませんでした。

そう、被災の酷い場所ほど、写真など撮れませんでした。

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(↑私たちが排水溝の泥のかき出しをしていた場所の風景です、逆光の為暗いですね。)


高速道路の進行方向左手には、宮城県の大きなスタジアムが見えてきました。

添乗員さんの仲人さんがやはり津波で亡くなっていたのですが、そこに収容されていたそうです。

大きな翼を持つ、立派な建物でした。

津波の犠牲となった多くの方々がその場所に収容されていた話を聞いたら、手を合わせることしかできませんでした。

その大地震と、大津波から、2ヶ月が経とうとしています。

(つづく)




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いってきます(宮城県)

とうとう「明日」です。

もう寝なければなりません。

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明日は、ボランティアで宮城県石巻市に行ってきます。

募金だけでは心が晴れず、物を贈っても気が気ではなく、とうとう「被災地に行く」で、少しはお役にたてるのかと…

いえ、少しではいけません。

「全力」で頑張ってきますです、私。

茨城県では、ツアー会社が茨城県社会福祉協議会の協力を得て、GW前から宮城県への団体ボランティアバスを走らせています。

もちろん、自己完結型のボランティア活動です。

参加条件は、現地のニーズに応じて臨機応変に動ける人、不自由が生じても耐えられる人、などです。

応募も全国から来ていると聞きました。

より多くの力を被災地に届けられればと思います。

その準備ですが、私はこの日のために、GW初日から買い出しで方々に出掛けました。

なにせ、長靴が無い(手持ちのでは膝下までの長さがない^^;)、ウエストポーチが無い(手持ちのでは大き過ぎる^^;)、カッパが無い(大人用ではあるがユニバーサルスタジオで購入したので思いっきりキャラクターの絵が大きく入っている^^;)、ゴーグルが無い(プール用しか持っていない^^;)、諸々・・・・・・・・・・

どこに行っても、全てが揃わなくて、第一膝下までの長靴で女性用はなかなか無いのです。

アウトドアショップに出掛けてみれば、長靴は足にとてもフィットするものが見つかりました。

…が、しかし、とても「ハデ」。

カナダ製のもので、とてもおしゃれで素敵なデザインなのですが、カッパに遭わないし、被災地向けじゃない。

悩み諦めて、GWは彷徨い続けました。

携帯電話も買い替えました。

それも、mova→FOMAへ・・・

笑えますよね、 今どきmovaなんて

旦那さんが最近同僚から言われたのが、movaは白黒ですか?

そんな訳ないでしょが~

これでも、機械いじりは得意な方ですので(工学部卒業^^;)、操作方法はすぐに覚えられそうです。

しかし、色んな機能が付いてますなぁー

はっ!、遅くなり過ぎました。 寝ないと。

明日は、4時半に水戸を出発するので、3時起きです。



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黄緑色の季節

さぁ~、新緑の季節がやってきました。

この季節は、気持ちよいほど緑が眩しいですよね。

生命力を、直に目で見て確かめられる、そんな力強い季節です。

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我が家の「スノーボール」も、綺麗な黄緑色になってきました。

年々、花の数が増えてきています。

今年は数えられないくらい咲いてくれるのではないでしょうか。

これから一気に「白色」に変化していきます。

真っ白な花の塊は、まさに初夏に見られる「スノーボール」なのです。


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当初は、「おおでまり」を庭に飾るつもりでしたが、こちらの「スノーボール」に一目惚れです。

この二つを比較すると、「おおでまり」は比較的「花」が枝近くに咲いているので、美しい中にもしっかりとした印象があります。

「スノーボール」は、「花」が枝から離れて咲いているので、頭(花の部分)が重く垂れ下がったような感じになります。

なので、「花」が風に揺れるんです。

花の部分だけが風を感じるなんて、素敵じゃありませんか。

故に弱々しい印象ですが、実はこの弱さ(儚さ)が魅力の花だったりします。


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↑おおっ、見事ですが、あまりの花つきの良さに枝が折れそうかも… 心配。

チューリップが咲き終わる頃に、スノーボールの季節がやってきて、そして、次に控えているのが、こちら↓モッコウバラの登場です。

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まだ蕾ですが、GWが終わるまでには咲き始めてくれるのではないでしょうか。

こちらのモッコウバラは、とても大きく広がるので、私たちの予想を遥かに超えて、庭を覆います。

我が家は、黄色と白色のモッコウバラがありますが、今年はどんな感じになるでしょう。

あまりウマく誘導が出来ないので、こちらも咲き乱れる~といった感じになります。

狭い庭なので、アーチ支柱を立てるのもヘンだし、毎年悩んでいます。


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こちら↑クレマチスも咲きはじめています。

夏に涼しげなイメージのクレマチスですが、剪定をしながら長く楽しめるのでこれから益々手を掛けてお世話をしなければ…

クレマチスと、テッセンは同じ花を言うのでしょうか。

以前はテッセンとよく耳にしたような気がするのですが、その呼び名も私は好きです。


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クレマチスは、冬には悲し過ぎるほど姿を消し去るのですが、またこうやって可憐な姿を見せてくれます。

紫色が、古風な日本の色を見ているようで、心を落ち着かせてくれます。

花や、緑は、見る人の心に潤いとなる栄養をたっぷりと届けてくれます。

日本の森や自然も、同じように大切にしていきたいものです。

この後、草取りもしたのですが首筋がけっこう日に焼けました。フハ!



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